『クレヨンしんちゃん』

TV版傑作選⑥「母ちゃんと格闘だゾ」
最近、アニメといえばシンエイ動画作品ばっかりだらだらと見てます(感想はなんとなく公開してないけど)。
あたしンち』レトロスペクティヴ(主に山本さん演出回)は粗方完了したので、今後は『クレしん』レトロスペクティヴを敢行することに(主に原さん演出回)。
手始めに原さんが「(この話数をやって)クレしんも面白いかなと思った」と述懐されている*1第19話「台風がやってくるゾ」などが収録されているTV版傑作選⑥を借りてきた。
といいつつも、以降、その「台風」回ではなくて同じ巻に収録されていたもう一つの原さん演出回「母ちゃんと格闘だゾ」について軽く語ってみる(笑)。

原さんの演出する回はどうも他の回と違って見える。
他の方の演出回では「変なヤツ」としてのしんのすけにフォーカスしている視線が、「普通」のしんのすけに向けられているように見えるのだ。
「母ちゃんと格闘だゾ」で、みさえはしんのすけを3度追いかけ「回す」。1度目は家の回りを、2度目はテーブルの回りを、3度目は居間、ダイニング、廊下をまたいだ一本の柱(?)を定点としてくるくると追いかけ回す。
そして、彼らの動きやセリフ、表情は劇中のTVに映る『アクション仮面』の画面をなぞっている。つまり、二人は模倣の遊びを行っているのだ。
だが、みさえの4度目の追跡は、『アクション仮面』の放送終了と同時に模倣の対象を失い、異質なものへと変貌する。その証拠に、上方に据えられたカメラから捉えられるしんのすけは糸が切れたように「真っ直ぐ」トイレに逃げ込む。
しんのすけの行為は、この時に、みさえにとって遊びではなくなってしまうのだ。それゆえ円環的な移動は終焉し、しんのすけはトイレに閉じ籠もる。
他の方の演出回では、しんのすけの行動や発話が突飛であったり、隙をついたりなどすること自体が、笑いの対象になるようにし向けられている印象があったが、この巻に収録されていた2本の原さん演出回では、明らかにしんのすけとみさえが一緒になって遊んでいる。どちらがどちらに付き合っているのか分からなくなるほどに。「台風」回でも、しんのすけのいたずらにげんこつを喰わせつつも、ちっとも突き放したりしていないのが、二人のやりとりや、ラストの雑魚寝などでも見て取れる。
しんのすけの所作が大人びているのか、みさえの行動が幼稚なのか、俄に判別できないが、二人の中にそれぞれあるコドモっぽさとオトナっぽさの相互乗り入れによる愛情の描写に、芳醇さを感じた。


とまあ「母ちゃんと格闘だゾ」を引き合いにして牽強付会気味にぐだぐだと語ってきたわけですが、要するに原さんの演出回に関しては、個性的であるはずのキャラクターにことのほか強烈な「リアリズム」を感じた、というだけの何の変哲もない感想でした。



<追記>
どうやら「母ちゃんと格闘だゾ」は原さんじゃなくて寺東克己さんのコンテ演出のようです。ごめんなさい。
作画監督が共に大塚正実さんだったので勘違いしたのかもしれません。というのも今日(12月30日)同じく大塚さん作画監督回である「ゴキブリさんと決闘だゾ」を見て、間違いに気付いたので。まあ、後付けなのでなんとでも言えますが。
嘘ばっかり書いてあるので本エントリを削除しようかとも思いましたが、「母ちゃんと格闘だゾ」が面白かったことはこの間違いとは関係ない事実ですし、いい加減な私への今後の戒めのためにも残しておくことにします。重ね重ね申し訳ありません。

ソース(http://www.marumegane.com/seiyu/anime_data/1992/crayon_shinchan.html


*1:小黒祐一郎 『この人に話を聞きたい』 飛鳥新社 2006年 157頁参照