プロフィール欄にも書きましたが、

現状、映画について語る気はあまりありません。
というのも私には映画における歴史的なパースペクティヴがない。
先日北野作品について触れたのは、一応ほとんどの作品を見たことによって北野作品という限定的な範疇においてのパースペクティヴは得られたかなあという程度の意識によって、北野作品の中での相対比較は可能だと判断したためです(←苦しすぎる言い訳(苦笑))。
一昨日行定勲監督作品を一本見たんですが、やはり私には語るべき言葉がない。
面白かったとかつまらなかったとか、長回しが多かったとかカッティングが面白かったとか、その程度のことは言えますが、そんなこと語っても意味がないことが分からないほどの知性の怠惰には陥っていないと自負しております。というか良心に誓って、んなことは言いません。
ただ、今回のように当該作家の作品のみ見ただけでは悪しき作家主義の誤謬に陥る可能性が極めて高い。それも良心に誓って避けたい。
んじゃどうすりゃいいんじゃぼけという話ですが、至極当然のことながら要するに映画的無知が原因であるわけで、「ある程度」観ることによって映画史におけるパースペクティヴが何となく自分の中にできあがって作品に対する縦軸(作家論的位置づけ等)と横軸(技術的乃至同時代的位置づけ等)による作品に対する相対比較が可能になるまでは、良心に誓って語らない予定(←あんま自信ないですけど(苦笑))。
「じゃああんたアニメ史におけるパースペクティヴに基づいてアニメ作品語っとるんかい!」というちびしーツッコミは耳が痛すぎるので聞こえないということで(笑)。善処します。
まあ、ちと生真面目すぎるような気がしないでもないですが、大言壮語するだけならタダですから。